なんだか今日は書けそうだな、と思ったので書いてみます。

アッパラペーな普段と大分違う違う内容になるので
そういうのが苦手な方はどうぞお引き返しください。

また、この記事には
「産後うつの人にはこうしたらいいよ」とか
「うつの家族におねがいしたいこと」とか無いです。
完全に自分語りです。
ためになることはまったくないですよ。




↓続きをよむ を使ってみました。

 















長女出産後、産後鬱になりました。

といっても、病院で診断をうけたりしたわけではないのですが。
「たぶんあれは産後うつだったんだろうなぁ」くらいなんですが。
普段の自分とは明らかに違う精神状態になりました。




自分の場合の具体的な症状としては、
・ 生きていたくなくなる
・感情の幅がなくなる
(特にハッピーな気持ちの方に)
・子どもの鳴き声は断末魔の叫びに聞こえる
 (自分の子ども以外でも)
・世界のすべてが辛いと感じる
 (でも何が辛いのか具体的には自分でもわからない)
でした。

とくにこの生きていたくなくなる、というのが一番大きかったように思います。
死にたい、というより「死ななければ」という感情に近いです。

そして長女が生後6ヶ月くらいになるまで、毎日考えていたことが
一人で死ぬか、子どもも連れていくか でした。



死ぬのは死ぬとして、残された子どもはどうなるのか。
母親に自殺された子どもなんて、ろくな人生を歩めないんじゃないか。
それも自殺の原因が産後鬱では。ならば、連れて行こうか。
でも、子どもの人生は子供のものだし・・・

そんなことを考えては死ぬ場所を探してウロウロしていたのです。

死ぬなら飛び降りだな、とも考えていました。
二人で死ぬ場合、二人共一緒に死ねる(どちらかが先ではなく)し。
でも、最近の高い建物の屋上は、鍵がかかっていて入れず、
屋上庭園として開放されているような場所は
高い柵があってそうやすやすと登れないようになっていました。
自分の住んでいるマンションの場合、下に植え込みがあり、
うっかりすると助かってしまいそうだったのでやめました。


そうやって、死ぬ場所を探しているうちに、
子どもの首が座り、腰が座り、夜寝てくれるようになり、
育児が少しずつ楽になり、それに合わせるように
少しずつ鬱の状態が薄れていって、なんとか笑えるように。
そして、普段どおりに近い状態にはなりました。

これには、実家の母のサポートがあったことも付け加えておきましょう。
母とは思春期以降に二人の距離感がこじれにこじれて、
実家を出てからはめったに連絡すらとらない関係だったのですが、
この一件を期に関係が修復。
たまにうるさく言われることもありますが、概ね良好な関係に戻りました。





鬱を体験してよかったな、と思うのは


うつの人の言ってることがわかるようになった


です。
それまで、わたしは鬱を「甘えの言い訳」くらいに思っていました。
ちなみにこの自分の考えが、鬱の自分をさらに苦しめることになったのですが。

鬱を体験した人のブログを読んでも、以前の私なら
「何言ってんだこいつ」くらい
今は「わかるわ〜〜〜」といいなが読んでます。
たまに、わかりすぎて辛くて読めなくなるくらい。 
産後うつを体験された方が書いたミィの産後うつブログを読んでいると特に。



感情の状態を、図で表すとこんな感じ。普段は感情メーターの
3〜8くらいをウロウロしています。


でも、鬱になると違うんです。0になるんじゃないんです。
マイナスという感情メーターが現れるんです。



"ちょっと気分が落ち込む"の比じゃないです。
これは、体験してみたからわかったことでした。





この0以下メーター、今でもイライラしたり、
疲れていたりすると出てきます。



 今日も、朝から天気が悪くて娘の機嫌も悪くて、
ここのところ仕事が忙しくて、
夫へのイライラもあって、たくさんの小さな不満がたまって、
グーンと感情メーターの針を下に下にと押し下げていました。


朝の支度をして、駅についたけれども、ホームの椅子に
座り込んだまま、電車に乗れなくなってしまったのです。


そんな時に脳内に流れたのが
いないいないばぁという子供番組で流れた
「ちょっこり ほっこり ひとやすみ」という歌でした。
作詞は日暮美佐さんで、作曲は吉良知彦さんです。
その歌には
げんきの おくすり ひとやすみ
というフレーズがあるのですが、これが頭の中をぐるぐる。
今日は休もう!と家に引き返し、布団で一眠りしたのでした。


一眠りしたら鬱々とした気分が晴れるか・・・といえば
晴れなかったんですけど
(仕事休んだ負い目とか。色々あって)


じゃぁ、この鬱という気分について、
ちょっと書いてみるかな、と思い、現在に至るわけです。
 
また、「今日は書けそうだな」という日に
鬱の時に考えていたことなどを書いてみたいと思います。




蛇足ですが。
なんで病院に行かなかったのかというと
・鬱と診断されたら終わりだと思った(クスリがないと普通の生活がおくれなくなるイメージしかなかった)
・鬱じゃないと診断されたら終わりだと思った(ただの怠けだとお墨付きが出ちゃうようなもの)
で、診断を受けるメリットが思い浮かばなかったんですよね。