「THE GUILTY ギルティ」を観てきました。


毎朝通勤のお供に聞いているラジオ番組でこの作品を紹介をしていまして、ラジオ好きとしては興味のわく内容だったのです。

ざっくりどんな話かといいますと、

警察のコールセンターにかかってきた電話。電話の相手は”今まさに誘拐されている女性”。
はたして、電話の情報だけで、彼女を救い出すことができるのか? 

という、事件は会議室で起きている ならぬ、 事件が電話口で起きている 状態。
電話を受けた警察官だけでなく、観客も電話から聞こえる音にじっと耳を傾けます。

予告編おいておくので、ちょっと観てみてください。
そして「観てみようかなー」と思った方は、それ以上情報を入れずに観に行ってください。










感想を 続きをよむ のほうに入れておきますね。
もしかしたらこれから観る人が読んじゃうと興が削がれちゃうかもしれないので


当たり障りのない感想はこちら

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あと、私の前の席の方が長身でして、「字幕が見えない」という悲劇に見舞われました。
なので、字幕を見ようと体を前後左右にだいぶ動かしていたので、私の後ろの席の方は目障りだったろうな〜。
耳に集中したい!でも字幕見ないと何言ってるかわからない! 頭の中は音声から再現された画でいっぱい!と大変忙しい状況でした。
上映時間は1時間半弱。濃厚な90分でございました。





トップページから来た場合は「続きをよむ」が表示されないので、うっかり観てしまうことを防止するために、本文まで少し間を開けますね。 

























あと公式サイトをおいておきます。

ギルティ













そろそろいいですかね。












耳で観る映画だった。



映画を観終わったあとに、シーンを反芻してみました。映っていたのは”コールセンターだけ”だったけど、私は確かに観ていた。

目をキョドキョドさせながら子供との電話を扮うイーベンを。
雨の高速で、ワゴン車の横につけるパトカーを。
受話器を持って不安そうにしている6歳と9ヶ月の少女の姿を。
バーで酒をあおりながら不安と戦っている中年警察官の姿を。
マットレスと未使用おもちゃと山積みの郵便物しかない部屋を。
オスカーをみつけた警察官の顔は、オスカーの位置からの煽りのショットだった。

そして、それとともに観ていた。

アスガーの欺瞞を。後悔を。正義を。

くもりガラスが、少しずつクリアになっていくように見えてくる”あちら側”と”こちら側”。

すべてが”クリア”になって得られたのは、安堵か、絶望か。

そう、確かにスクリーンに映っていたのは”コールセンターだけ”だった。